第2弾 比嘉正子物語 蒼天に咲くひまわりの愛 全30回

45 安心して生んで老いていける町へ|新たな情熱

医療と福祉が充実した住宅街を目指す都島区の再開発事業。正子は社会福祉法人都島友の会として、児童福祉施設の建設と運営を引き受けた。そして法人の次世代の担い手の一人である渡久地歌子に担当を命じた。そのとき、正子は歌子にこう念を押した。「いちばん良いものを提供することが、地域貢献になるんだよ」

正子の社会事業家としての最初の一歩は、地域の一員となって住民の生活や文化の向上に努めるセツルメントだった。そして自身が法人を創設するにあたって、地域と共にあるという精神を「都島友の会」という名に表した。

1931(昭和6)年の早春、幼稚園における幼児教育は富裕層の特権であるという意識が一般的だった社会で、保育と幼児教育を併せた保育園(福祉的幼稚園)を開設。戦前、戦中、戦後、高度経済成長期と激動の社会のなか、一貫して保育を軸に地域社会づくりを行ってきた。地域と共に歩み続け、創立五十周年を迎えるころの都島児童センターには、卒園生の子どもたち、孫たちが通うようになっていた。二代、三代と世代を継ぐ入園希望は正子の心に新たな情熱を起こした。

「君、今日からでも都島にいって保育園を始めなさい」恩師志賀志那人からの突然の言葉に意を決して、二十七歳を迎えたばかりの春に無一文で始めた青空保育園。戦争へと突入する時世のなかで、必死に守った子どもたちの孫が、今、ここにいる。

1949(昭和24)年、この都島の地で正子の帰りを待つ子どもたち、親たち、そして地域の人たちの願いに応えて再開した都島児童館。そのころの園児たちの子どもも、今、ここにいる。

子どもは国の宝、地域の将来。子どもたちに託す社会を少しでも明るいものにしておく、そしてもう少し明るい社会を、その子たちが次の世代に遺していく。そうすることで社会はきっと良くなっていく。

「世の中から貧困と不平等を無くさないかぎり人類は救われない」社会学の講義で聞いたその言葉に胸を揺さぶられた二十歳のころ。そして情熱のまま飛び込んだスラムの生活の過酷さに、社会という大きな環境を整えないかぎり、生活に苦しむ人たちは無くならないと己の無力さに打ちのめされた日々。戦渦のなか闘病を続けた我が子二人を失い、母として充分に尽くしてやれなかった自分を悔いた日々。それでも地域の願いに応えて「都島児童館」として保育園を再開した正子の胸の内には、逝きし我が子への愛を、生きている子どもたちへの愛に変えるという、熱く切ない決意があった。保育を軸に地域社会づくりを展開して五十年。北都学園、都島幼稚園、都島児童館、そして都島児童センターと、町の発展とともに歩んできた正子の心には、いつも地域の人々の生活があった。子どもを守ることは、また、地域の人々の生活を考えることだった。

「現実を踏まえ、将来を志向する」これは消費者運動のパイオニアとして、生活を守る闘いを繰り広げてきた比嘉正子の言葉。終戦直後の食糧危機打開に立ち上がり、現実を変え続けてきた理論と実践から生まれた言葉だ。

今の、次代の、そしてその先の子どもたちの保育と教育は、時代を継いで地域の人の暮らしを守ること。地域社会の明日を明るくしていくこと。「いちばん良いものを提供することが、地域貢献になるんだよ」と、法人の次代の担い手に教えた正子。その言葉どおり、保育を通して正子が行ってきたのは、地域社会への貢献だった。セツルメントを社会事業家としての出発点とした正子。地域と共に歩んできた「都島友の会」。保育を軸に取り組んできた地域社会づくりは、地域の生活をより良いものにすることに他ならなかった。二世代三世代にわたって都島児童センターに通う園児たち。その子どもたちを通して知るかつての園児たちの様子。卒園児たちがこの都島の地域社会を支える大人になっているのが嬉しかった。

「家庭がどうこうあろうと子どもたちは平等だ」家庭の事情に関係なく、子どもたちが将来、自分の意思と力で自分の可能性を開いていくための経験ができる場所。そういう環境、「子どもたちの館」をつくれば、きっと社会の未来を明るくすることができる。その「子どもたちの館」を、ここ都島の地につくろう。そう決意して撒いた一粒の種が、根を張り、芽吹き、青空に向かう一本の幹を伸ばしている。

一つの保育園もなかった地が、今は福祉と医療の充実した住宅街になっている。その町の発展を、地域の人と共に支えてきた年月。「さて、次はどうする」正子にとって積重ねてきた日々は、さらなる前進へのエネルギーだった。

「さて、次はどうする」と考える正子の脳裏をよぎったのは、共に地域を支えてきた人たちの姿だった。二十七歳の正子がこの都島で青空保育園を始めたころに四十前後、五十前後の働き盛りだった人たちは今、高齢者と呼ばれる年齢層になっている。

「あの人たちが、住み慣れた町を離れず、生涯を終えられるように。そういう環境をつくらなければ」

正子の胸に、新たな情熱が湧き上がってきた。

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